「昔の防護服に比べれば、今は天国ですよ。それでも、命がけであることに変わりはありませんがね」と、蜂駆除歴三十年のベテラン、佐藤さんは笑いながら語ります。佐藤さんがこの仕事を始めた頃の防護服は、厚手のキャンバス地やゴム引きの布で作られた、とにかく重くて硬いものでした。通気性など皆無に等しく、真夏の屋根裏作業ともなれば、蜂に刺される前に熱中症で倒れる作業員が後を絶たなかったと言います。佐藤さんが見せてくれた最新の防護服は、驚くほど軽量で、背中や側頭部には電動ファンが内蔵されています。このファンが外気を取り込み、服の内部に空気の流れを作ることで、汗を蒸発させて体温の上昇を抑える仕組みです。「このファンのおかげで、長時間の作業が可能になりました。視界の曇りも劇的に減りましたね」と佐藤さんは言います。しかし、装備がハイテク化しても、現場でのチェックに妥協はありません。佐藤さんは駆除を開始する前、必ず相棒の作業員と互いの防護服を「触診」します。ファスナーのスライダーが完全に閉じているか、手袋と袖口の重なりに隙間がないか、長靴と裾の結束が緩んでいないか。蜂は二ミリの隙間があれば潜り込み、柔らかい肌を探し当てて執拗に攻撃してきます。「防護服は完璧ではありません。作業中の動きで生地が突っ張った瞬間、その張った部分に針を突き立てられると、距離が縮まって刺さることがある。だから、常にゆとりを持たせた動きが必要なんです」佐藤さんは、かつてオオスズメバチの集団に襲われた際、防護服の表面を無数の針がチクチクと叩く感覚を「雨の中にいるようだった」と振り返ります。あの独特の振動と音は、どれだけ高性能な防護服を着ていても、本能的な恐怖を呼び覚まします。また、佐藤さんが最も神経を使うのが、作業を終えて防護服を脱ぐ瞬間です。興奮した蜂が服の皺や背中に付着したままになっていることが多く、油断した隙に刺される事故は、実は脱衣時に最も多いのです。佐藤さんの所属する会社では、防護服のメンテナンスにも厳格な基準を設けています。一度でも蜂の攻撃を受けた服には、仲間に攻撃を促す警報フェロモンが染み付いているため、特殊な洗浄液で完全に無臭化しなければなりません。プロにとって防護服は、単なる仕事着ではなく、生還を約束するための精密機械のような存在です。最新の素材と長年の経験に基づいた正しい運用が組み合わさって初めて、スズメバチという最強の毒針から人間を守り抜くことができるのです。