あれは、夏の終わりの蒸し暑い日のことでした。我が家の二階の窓のすぐ外、軒下に、ソフトボールほどの大きさの、禍々しいマーブル模様の塊がぶら下がっているのを、妻が発見しました。キイロスズメバチの巣です。私たちはパニックになりました。二階の窓は開けられず、庭に出るのも怖い。頭に浮かんだのは、ただ一つ。「市役所に電話しなきゃ!」。私は、半ば興奮状態で、市役所の代表電話に電話をかけました。「すみません!大変です!家にスズメバチの巣ができたんです!すぐに駆除に来てください!」。電話口に出た職員の方は、私の剣幕に少し戸惑いながらも、落ち着いた声でこう言いました。「お客様、落ち着いてください。まず、巣があるのは、お客様のご自宅の敷地内でしょうか?」。私が「はい、家の軒下です」と答えると、職員の方は、申し訳なさそうに、しかしきっぱりと続けました。「大変申し訳ございませんが、私有地内の巣の駆除は、市役所では行っておりません。土地の所有者様の責任で、専門の駆除業者にご依頼いただくことになります」。その言葉に、私は愕然としました。勝手に、市役所が消防車のように駆けつけて、解決してくれるものだと、思い込んでいたのです。その後、職員の方は、市のウェブサイトに掲載されている駆除業者のリストの見方や、補助金制度があること、防護服の貸し出しも行っていることなどを、丁寧に教えてくれました。しかし、最初の「駆除はできない」という言葉のショックで、その後の話はあまり頭に入ってきませんでした。電話を切った後、私は、自分の無知と、一方的な期待を、深く恥じました。もし、電話をかける前に、少しだけ自分で調べていれば。市のウェブサイトを一度でも見ていれば。こんなにも慌てず、もっと冷静に、そして建設的な相談ができたはずです。この経験から学んだのは、行政は万能ではないということ、そして、自分の身の回りの問題に対しては、まず自分で情報を集め、責任を持って行動するという、当たり前の、しかし重要な心構えでした。