木造建築の保存修理の現場において、イエシバンムシによる被害は時に構造的な欠陥を招く深刻な問題として浮上します。本事例研究では、築六十年が経過した一般住宅の改修工事中に発見された、イエシバンムシによる大規模な食害の事例とその影響について分析します。この住宅は、外観上は大きな損傷は見られませんでしたが、床のたわみが酷く、調査のために床板を剥がしたところ、主要な構造材である大引や根太が、イエシバンムシの幼虫によって深刻なダメージを受けていることが判明しました。木材の表面には無数の脱出孔があり、内部を詳細に確認すると、幼虫が掘り進んだトンネルが縦横無尽に走り、木材の芯部がスポンジ状に脆弱化していました。イエシバンムシの幼虫は、長期間にわたって同じ部材に留まり、世代を交代しながら食害を続ける習性があります。本事例においても、数十年にわたり継続的に被害が拡大した結果、木材の断面積あたりの強度が推定で五十パーセント以上低下しており、地震や積雪荷重に耐えられない極めて危険な状態にありました。特に、浴室の周辺など湿気が高く、木材がわずかに腐朽していた箇所で被害が集中していました。これは、木材腐朽菌によって分解され始めた木材が幼虫にとって消化しやすく、栄養価が高い餌となるためです。駆除に際しては、まず被害の激しい部材をすべて撤去・交換し、周辺の構造材には高濃度の殺虫・防腐剤を深部まで加圧注入する処置が取られました。本事例から得られた重要な知見は、イエシバンムシの被害はシロアリのような急速な破壊ではないものの、生活の中で「床の軋み」や「建具の建付け不良」といった微細な予兆として現れるということです。住人がこれらの兆候を単なる経年劣化として見過ごしたことが、被害の深刻化を招いた最大の要因でした。また、屋根裏の梁にも同様の被害が確認され、成虫が天井板の隙間から侵入して産卵を繰り返していたことが推測されました。結論として、築年数が経過した木造住宅において、目視可能なフラス(木粉)の有無を定期的に点検することの重要性が再確認されました。イエシバンムシは、静かに、そして確実に住宅の骨組みを破壊する能力を持っており、その防除は単なる害虫駆除の域を超え、建物の構造安全性を維持するための必須のメンテナンス業務であると言えます。定期的な床下点検と適切な調湿対策が、甚大な被害を未然に防ぐ唯一の道であるといえるでしょう。