その悪夢は、ある夏の朝、突然始まりました。私が朝食の準備をしようと、キッチンの電気をつけた、その瞬間。目の前の光景に、私は言葉を失いました。砂糖を入れていたキャニスターの周りに、黒い点が、まるで生きている絨毯のように、うごめいていたのです。それは、何千、何万という、小さなアリの大群でした。そして、その黒い絨毯は、一本の太い線となって、窓のサッシの、ほんのわずかな隙間へと、脈打つように繋がっていました。私は、悲鳴を上げることもできず、ただ呆然と、その異様な光景を眺めていました。前日の夜、私がクッキーを焼いた際に、こぼしてしまった一握りの砂糖。おそらく、それを発見した一匹の偵察アリが、仲間たちに知らせ、一晩のうちに、この大軍団を組織したのでしょう。私は、半狂乱になりながら、掃除機でその黒い行列を吸い込み始めました。しかし、吸っても吸っても、窓の隙間からは、次から次へと、新たな兵士たちが湧き出てきます。まるで、無限に続く悪夢のようでした。その日、私は一日中、蟻との戦いに明け暮れました。殺虫スプレーを買いに走り、行列の元となっている窓の隙間に、狂ったように噴射しました。そして、家中を徹底的に掃除し、食べ物はすべて冷蔵庫か密閉容器へと避難させました。数日後、ようやく蟻の姿は見えなくなりましたが、私の心には、深いトラウマが刻み込まれました。あの黒い絨毯の光景は、今でも時々、夢に出てきます。この経験から学んだのは、アリの嗅覚と、情報伝達能力の恐ろしさです。そして、たった少しの油断、たった一握りの砂糖が、いかに簡単に、家の平和を崩壊させてしまうか、ということでした。それ以来、我が家のキッチンに、蓋の開いた砂糖の容器が置かれることは、二度とありません。