かつて日本の家屋、特に汲み取り式便所が主流だった時代において、「便所虫」と言えば、それは紛れもなく「カマドウマ」を指していました。そのグロテスクな見た目と、予測不能な動きは、多くの人にとってトラウマ級の恐怖体験として記憶されています。カマドウマは、バッタやコオロギに近い仲間ですが、翅が退化して飛ぶことができません。その代わり、体長の何倍もの距離を跳躍できる、非常に長く強力な後ろ脚を持っています。体色は茶褐色で、まだら模様があり、細長く伸びた触角を常に動かしているのが特徴です。彼らは光を嫌い、暗く湿度の高い環境を好みます。そのため、昔の光が届かない汲み取り式便所の暗がりは、彼らにとって絶好の隠れ家でした。そこで排泄物を餌にしたり、そこに集まる他の小虫を捕食したりして生活していたのです。水洗トイレが普及した現代の住宅では、トイレ内でカマドウマに遭遇する機会は激減しました。しかし、彼らが絶滅したわけではありません。現在、彼らは家の床下や、庭の落ち葉や石の下、物置の隅といった、暗く湿った場所に生息の場を移しています。そして、建物のわずかな隙間や、開けっ放しのドア、換気口などから屋内に侵入し、トイレや風呂場、玄関といった場所で私たちを驚かせるのです。カマドウマには毒はなく、人を咬んだり、病気を媒介したりすることもありません。彼らが害虫とされる所以は、その不気味な外見と、危険を察知した際に人間めがけて突進するように跳びかかってくることがある、その予測不能な行動がもたらす強烈な精神的苦痛、すなわち「不快害虫」としての側面に尽きます。対策の基本は、侵入経路を塞ぐことです。壁のひび割れや配管周りの隙間をパテで埋め、家の周りの落ち葉や雑草を掃除して、彼らの隠れ家をなくすことが重要です。また、床下の湿気対策として、換気扇を設置したり、調湿剤を撒いたりすることも有効です。
代表的な便所虫その2カマドウマの恐怖と対策