ある春の穏やかな日のことでした。洗濯物を干そうとベランダに出た私は、エアコンの室外機の裏側に、枯れ枝が不自然に積まれているのを見つけました。嫌な予感がしてそっと覗き込むと、そこには小さな二つの卵と、その上にどっしりと座り込む一羽の鳩の姿がありました。それから数日後、ベランダから聞こえてくる微かな「ピーピー」という鳴き声に気づき、再び様子を伺うと、そこには黄色い産毛に包まれた、まだ目も開いていない鳩の赤ちゃんが二羽、体を寄せ合っていました。これが、私の家での鳩の赤ちゃんとの一ヶ月にわたる奇妙な共同生活の始まりでした。最初は、不衛生ではないか、糞害はどうなるのかという不安でいっぱいでしたが、実際にその小さな命が懸命に親鳥からミルクをもらっている姿を間近で見ているうちに、不思議な愛着が湧いてきたのを覚えています。親鳩は、私が窓越しに様子を見ても、最初は警戒して羽を膨らませて威嚇してきましたが、毎日顔を合わせているうちに、どこか私を「危害を加えない隣人」として認めたような落ち着きを見せるようになりました。鳩の赤ちゃんの成長は、想像を絶する早さでした。一週間もすると、あの弱々しかった産毛の下から灰色がかった羽根がツンツンと突き出し始め、嘴の周りもがっしりとしてきました。親鳥が口移しでピジョンミルクを与えているときの、赤ちゃんたちの激しい動きには驚かされました。親の口の中に嘴を突っ込み、必死に栄養を吸い取るその姿からは、生きようとする剥き出しのエネルギーが伝わってきました。しかし、微笑ましい光景ばかりではありませんでした。成長に伴い、ベランダは大量の糞で汚れ、独特の臭いも漂い始めました。鳩は一度巣を作ると、その場所への執着が非常に強く、赤ちゃんが巣立った後も何度も戻ってきて再び産卵しようとします。私はこの時初めて、鳥獣保護管理法という法律について調べました。鳩の赤ちゃんや卵がいる状態では、勝手に巣を撤去したり傷つけたりすることは法律で禁じられているのです。つまり、私は彼らが自立して飛び立つ日まで、温かく見守るしか選択肢がありませんでした。二週間、三週間と過ぎるうちに、赤ちゃんたちの姿はどんどん「鳩」らしくなっていきました。首の周りにはうっすらと緑色や紫色の光沢が見え始め、ベランダの手すりに飛び乗ろうとする練習も始まりました。そして孵化からちょうど一ヶ月が経とうとする朝、二羽の赤ちゃんは、親鳥に伴われてベランダから力強く羽ばたいていきました。空っぽになった巣の跡と、点々と残された糞の汚れを掃除しながら、私は何とも言えない寂しさと達成感を感じました。鳩の赤ちゃんという存在は、都会のコンクリートジャングルの中で逞しく生きる生命の象徴でした。騒音や汚れという現実的な害は確かにありましたが、それ以上に、一つの命が誕生し、成長し、自立していく過程を特等席で見せてもらったことは、私にとって忘れられない経験となりました。次にベランダで枝を見つけたときは、すぐに掃除をして防鳥ネットを張るつもりですが、あの時飛び立っていった二羽が、今もどこかの空を元気に飛んでいることを願わずにはいられません。